Q:最低限の就業規則を作成する際の費用はいくら?
A:何の「最低限」かによって費用は0〜100万円と大きく変わる。
「最低限の就業規則の作成を依頼したら費用はいくら?」、依頼する会社なら1度は抱く疑問でしょうし、社労士なら必ず1度は質問されたことがあるでしょう。
この「最低限の就業規則」というのは、実は社労士にとって悩ましい言葉です。
実際には、前後の文脈で判断する、または依頼主に質問するしかないのですが、これまでの当事務所の経験から「最低限の就業規則」が意味するパターンは以下の3つに収束します。
- 労働法令を最低限満たす就業規則
- 助成金を得るための最低限の就業規則
- 従業員とトラブルがあった際に利用できる最低限の就業規則
1. 労働法令を最低限満たす就業規則の費用
まず、質問する人の大半の場合がこの「労働法令を最低限満たす就業規則」を想定しています。
「10人以上の従業員を雇用する場合は就業規則の作成義務がある」ということを何かのきっかけで知り、
- 法令の義務は果たさなければならない
- しかし最低限のもので良い(できれば費用も安く)
という発想で、「最低限の就業規則の作成を依頼したら費用はいくら?」という質問が出てきます。
関連:就業規則の作成が義務付けられる「常時10人以上」の正しい数え方は?
本来であれば、
- なぜ就業規則が必要なのか
- 就業規則がない場合・就業規則がある場合でどんな違いがあるのか
- 就業規則に何を求めるのか(メリット・デメリット)
をきちんと理解した上で、どんな就業規則を作るべきか考えた方が良いです。
それらを理解した上で、労働法令で義務とされている部分のみを満たす「最低限」の就業規則で良いということであれば、それで構いません。
では、「労働法令を最低限満たす就業規則」とは何なのかということですが「絶対的必要記載事項」の記載は絶対条件です。
以下の記事で解説していますが、絶対的必要記載事項とは、その名称のとおり、労働基準法により就業規則に絶対に記載しなければならない事項であり、記載がなければ労働基準法違反となります。
そして、最も簡単に「労働法令を最低限満たす就業規則」を作成する方法が、厚生労働省が作成・公開している「モデル就業規則」を用いて穴埋めをしていくことです。
自社で、モデル就業規則を用いて穴埋めしていけば「無料」で就業規則が作成できます。
「格安で作成してもらった」という会社の就業規則を見たら「モデル就業規則」そのままだったというなケースを見たこともありますし・・・
ちなみに、インターネットで検索すると「就業規則は怖くない」「就業規則は簡単に作成できる」といった記事が出てきますが、この無料の「モデル就業規則」を利用するというのがからくりです。
モデル就業規則では「○○休暇について有給または無給とする」と選択式になっていることがありますが、それに気づかずにそのままにされている規定を見たことがあります😵
ただ、単なる穴埋めとは言っても、さすがに自社だけで作成・労働基準監督署に届け出るのは不安なので、念のため社労士に内容をチェックして欲しいという場合もあるでしょう。
その場合、社労士にチェックを依頼することになりますが、おそらく2〜3万円程度で引き受けてくれるでしょう。
就業規則の作成費用の根拠となる計算式については、以下の記事で解説していますが、モデル就業規則の穴埋め作業であれば、大部分を占める人件費、そのうちのサービスを行う時間がかなり短縮できます。
厚生労働省が作成・公開している「モデル就業規則」なので、労働法令を最低限満たすことができますし、条文を作成する必要もなければ、依頼された会社の実態をヒアリングする必要もありません。
ただし、依頼する会社が「内容をきちんと説明して欲しい」などと社労士事務所に要求すると、その時間分の費用(人件費)が追加される可能性はあります。
なお、「労働法令を最低限満たす就業規則」というのは、労働基準監督署に届出をして受理される上での「最低限」です。
将来的に、従業員とのトラブルがあった場合、またそのトラブルの解決のために就業規則が役に立たなくても、社労士の責任にしてはいけません。
依頼された社労士は、モデル就業規則に穴埋めした内容が法的に正しいかをチェックしただけです。
作成した目的は、トラブル防止やトラブル解決ではなく、労働法令を最低限満たすもの、だったことを忘れてはいけません。
2. 助成金を得るための最低限の就業規則
次に多いのが「助成金を得るための最低限の就業規則」です。
ほぼ全ての雇用関係の助成金では、労働基準監督署に届出済みの就業規則のコピーを添付資料として要求します。そのため、1の「労働法令を最低限満たす就業規則」に加えて、助成金獲得のための条文を追加する必要があります。
もし、1の「労働法令を最低限満たす就業規則」が既にあるのであれば、助成金獲得のための条文追加の費用を要求される可能性がありますが、助成金の申請を社労士事務所に依頼するのであれば、費用は「無料」になる可能性があります。
助成金申請を社労士事務所に依頼した場合、着手金を取る事務所と取らない事務所、手数料も10〜20%と様々ですが、社労士事務所として売上になるため、1〜2条文程度の追加費用であれば要求しないのが一般的です。
ただし、獲得する助成金の金額が10〜30万円程度の場合、仮に手数料が10%であれば1〜3万円程度となるため、条文追加の費用を別途要求されることもありえます。
また、1の「労働法令を最低限満たす就業規則」がない会社の場合、社労士事務所の費用設定はかなり異なります。
ゼロから作成することになるので、以下の記事で解説している相場価格を考慮して20万円を要求する事務所もあるでしょうし、助成金申請の依頼をセットで受けていてその手数料が大きければ「無料」にする事務所もあるでしょう。
ただし、無料、または10万円よりも安い場合は、社労士事務所として時間をかけたくないため、「モデル就業規則」の利用など穴埋め作業で作成する場合が多いでしょう。
もちろん、目的が「助成金を得るための最低限の就業規則」である以上、穴埋め作業で作成するのが悪いわけではありません。
そして、当然ですが、1の「労働法令を最低限満たす就業規則」と同様に、その後に従業員とのトラブルがあったとしても社労士の責任にしてはいけません。
3. 従業員とトラブルがあった際に利用できる最低限の就業規則
最後が「従業員とトラブルがあった際に利用できる最低限の就業規則」です。
この場合は、上の2つのパターンと大きく違ってきます。
まず、過去の従業員とのトラブル事例を洗い出すためのヒアリングが欠かせません。
また、大抵の場合、過去のトラブルがすでに解決済みであることもあって「そんなに大きなトラブルはなかった」という反応になりますが、よくある他社のトラブル事例を投げかけながら質問を進める中で「そういえば、当社でも同じようなことがあった」と聞き出すことができます。
つまり、社労士によるヒアリング・コンサルティング能力によって大きく完成品の出来ばえが異なってきます。
そして、集めたトラブル事例をもとに、解決するための条文、そもそもトラブルが発生させないための条文づくりが始まります。
そのため「従業員とトラブルがあった際に利用できる最低限の就業規則」を作成するためには、穴埋め作業だけでは難しく、またヒアリング・条文作成に時間を要することから、かなり価格帯の幅が広くなりますが50〜100万円程度は考えておいた方が良いでしょう。
なお、価格帯の幅が広くなっている理由は、以下の記事でも解説しているとおり、担当する人の時間単価と要する時間数の関係です。
まとめ
以上の3つのパターンについて目安の費用は以下のようになります。もちろん、それぞれの社労士事務所によって費用設定の考え方があるのであくまで目安として捉えてください。
- 労働法令を最低限満たす就業規則:目安の費用・0〜3万円程度
- 助成金を得るための最低限の就業規則:目安の費用・0〜20万円程度
- 従業員とトラブルがあった際に利用できる最低限の就業規則:目安の費用・50〜100万円程度
ただし、最後に知っておいていただきたいのは、そもそも就業規則とは、
労働者の就業上遵守すべき規律・労働条件に関する具体的細目を定めた規則類の総称
ということです(厚生労働省労働基準局編「労働基準法」労働法コンメンタール・下巻874ページ)。
就業規則についてわかりやすく説明する際に「会社の働き方のルール」と呼ぶこともありますが、日本では、会社が個々の従業員と交わす「雇用契約書」は簡易なものであることが多く、実質的に、就業規則が「包括的な雇用契約書」とした使われ方をすることが多くなっています。
つまり「最低限の就業規則」を求めることは、
- 最低限の従業員との契約で良い
- 最低限の規律で良い
- 最低限の労働条件の定めで良い
と言っていることに等しいということです。
労働者は「会社や上司にうるさいことを言われたくない」「自由に働かせて欲しい」と思い様々な規律があるのはイヤでしょう。
そして、会社の本音も「賃金を払っている以上、様々なルールや規律を準備しなくても、従業員は自律的な働き方をすべき」と思っているでしょう。そのため、本来は最低限の規律で良いのかもしれません。
しかし、人間関係のトラブルは古今東西、大なり小なり、必ずあります。
むしろ、最近のハラスメント問題などのトラブル例の増加を考えると、会社は厳しい規律を作成しておかなければ組織崩壊の危機もありえる時代なのかもしれません。