妊娠中の従業員から「もう少し負担の軽い仕事にしてほしい」と言われたとき、「うちには軽い仕事なんてないから」と答えて終わりにしていませんか?
あるいは、軽い仕事に移ってもらう代わりに、役職や手当を外していないでしょうか。どちらも、法律上の問題につながりかねない対応です。


軽易な業務への転換とは
労働基準法第65条第3項
労働基準法第65条第3項は、妊娠中の女性が請求した場合、他の軽易な業務に転換させなければならないと定めています。
- 労働基準法第65条(産前産後)第3項
- 使用者は、妊娠中の女性が請求した場合においては、他の軽易な業務に転換させなければならない。
ポイントは次の2点です。
- 本人の請求があって初めて義務が生じる(請求がなければ、会社から転換させる義務はない)
- 請求があれば、会社は軽易な業務に転換させなければならない
対象は妊娠中の女性従業員です。正社員に限らず、パートや有期雇用の従業員も含まれます。
医師の指導がなくても請求できる
混同しがちな点ですが、妊娠中の従業員への配慮としては、男女雇用機会均等法(以下「均等法」)の母性健康管理の措置もあります。
こちらは、医師などの指導があった場合に、その指導事項を守れるよう勤務時間の変更や勤務の軽減などを講じる義務です。
- 男女雇用機会均等法第18条第1項
- 事業主は、その雇用する女性労働者が前条の保健指導又は健康診査に基づく指導事項を守ることができるようにするため、勤務時間の変更、勤務の軽減等必要な措置を講じなければならない。
これに対して、労働基準法第65条第3項の軽易業務転換は、医師の指導がなくても、本人の請求だけで義務が生じます。両者は別の制度であり、「医師の診断書がないから対応しない」という扱いはできません。
なお、均等法は2026年(令和8年)10月1日施行の改正で条番号が変わり、母性健康管理の措置は第17条・第18条(改正前は第12条・第13条)になりました。
妊娠中・産後の従業員に関するその他の規定
軽易業務転換のほかにも、妊娠中や産後の従業員(妊産婦)については、次のような規定があります。
| 規定 | 内容 | 請求の要否 |
|---|---|---|
| 危険有害業務の就業制限(労基法第64条の3) | 重量物を取り扱う業務、有害ガスを発散する場所での業務などに妊産婦を就かせてはならない | 不要(一部の業務は産後の女性の申出による) |
| 軽易業務転換(労基法第65条第3項) | 妊娠中の女性を他の軽易な業務に転換させる | 必要 |
| 産前産後休業(労基法第65条第1項・第2項) | 産前6週間(多胎妊娠は14週間)は請求により休業、産後8週間は原則として就業禁止 | 産前は必要、産後は不要 |
| 労働時間等の制限(労基法第66条) | 変形労働時間制による法定労働時間超えの労働、時間外・休日労働、深夜業をさせない | 必要 |
| 母性健康管理の措置(均等法第17条・第18条) | 妊婦健診などの時間の確保、医師などの指導に基づく通勤緩和・休憩・勤務時間の短縮・休業など | 本人の申出による |
なお、休日と休暇の違いについては、次の記事で整理しています。
妊娠の申出は、制度を説明すべきタイミング
従業員から妊娠・出産の申出があったとき、会社には育児・介護休業法に基づく次の義務があります。
- 育児休業制度などを個別に知らせ、取得の意向を確認する(第21条第1項)
- 勤務時間帯・勤務地・業務量など、就業の条件についての意向を聴き、その意向に配慮する(第21条第2項・第3項)
妊娠の申出を受けた時点で、育児休業の説明とあわせて、軽易業務転換や母性健康管理の措置について知らせておくと、後々の対応が円滑になります。
軽易な業務がない場合
「大企業ならともかく、小さな事業所には転換させる軽い仕事などない」という声は少なくありません。この点について、行政通達は次のように解釈を示しています。
- 軽易業務転換の趣旨(昭61.3.20 基発第151号・婦発第69号)
- 労働基準法第65条第3項は原則として女子が請求した業務に転換させる趣旨であるが、新たに軽易な業務を創設して与える義務まで課したものではないこと。
会社に、新たに軽易な業務を作り出す義務まではありません。
ただし、通達は「原則として本人が請求した業務に転換させる」ことを前提にしています。既存の業務の中に転換できるものがないかを検討しないまま、「ない」と答えてよいわけではありません。


転換を契機とする降格:広島中央保健生協事件
事案の概要
軽易業務転換をめぐって必ず押さえておきたいのが、広島中央保健生協事件(最一小判平26.10.23)です。
病院に勤務する理学療法士で、副主任の職にあった女性が、妊娠中に軽易業務転換を請求しました。病院は別の部署へ異動させるとともに副主任を免じ、その女性は育児休業から復帰した後も副主任に戻されませんでした。
女性は、この降格が均等法第9条第3項の禁止する不利益取扱いに当たるとして訴えました。
- 男女雇用機会均等法第9条第3項
- 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
ここでいう「厚生労働省令で定めるもの」には、軽易業務転換を請求したこと、軽易な業務に転換したことが含まれています(均等法施行規則第2条の2第6号)。
最高裁の判断
裁判所ウェブサイトに掲載されている裁判要旨は、次のとおりです(読みやすいように一部を改行、一部を強調)。
女性労働者につき労働基準法65条3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」9条3項の禁止する取扱いに当たるが、
- 当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、
- または事業主において当該労働者につき降格の措置を執ることなく軽易な業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するとき
は、同項の禁止する取扱いに当たらない。
つまり、軽易業務転換を契機とする降格は原則として違法であり、例外は次の2つに限られます。
- 本人が自由な意思に基づいて降格を承諾したと認められる、合理的な理由が客観的にある場合
- 降格させなければ業務上の支障があり、かつ、降格が法律の趣旨・目的に実質的に反しないと認められる特段の事情がある場合
最高裁は、この事件では2つの例外のいずれにも当たるとはいえないとして、審理を広島高裁に差し戻しました。判決では、降格によって本人が受ける有利な影響と不利な影響の内容・程度、本人への説明の内容、本人の意向などを踏まえて判断すべきことが示されています。
差戻審の結論
差戻審(広島高判平27.11.17)は、病院が降格の業務上の必要性を具体的に示せていないとして、降格を均等法第9条第3項違反と判断しました。そのうえで、慰謝料と副主任手当の不支給分の支払いを病院に命じています。


「契機として」の判断:判決後の通達
この判決を受けて、厚生労働省は通達(平27.1.23 雇児発0123第1号)を出し、妊娠・出産などの事由を「契機として」不利益取扱いを行った場合は、原則として法違反になるとの解釈を示しました。
厚生労働省の解説では、妊娠・出産などの事由の終了から1年以内に不利益取扱いが行われた場合は、原則として「契機として」いると判断するとされています。
また、人事異動や人事考課のように実施時期が決まっているものについては、1年を超えていても、事由の終了後の最初の機会までに行われたものは「契機として」いると判断されます。
育児休業から復帰した後の人事で降格のままにしておくことも、この考え方の対象になる点に注意が必要です。
請求を受けたときの会社の対応
業務の選定
請求を受けたら、まず本人がどのような業務への転換を望んでいるのかを確認します。そのうえで、既存の業務の中から転換できるものを検討します。
検討にあたっては、次の点を確認しておくとよいでしょう。
- 現在の業務のうち、身体的な負担が大きい作業は何か
- 部署の異動ではなく、作業の一部を外すことで対応できないか
- 時間外労働・夜勤の免除や勤務時間帯の変更と組み合わせられないか
- 医師などの指導事項がある場合、その内容に沿っているか
本人との話し合い
転換後の業務、勤務時間、賃金、役職の扱いは、本人と話し合って決めます。会社が一方的に決めて通知する形にすると、後から不利益取扱いを疑われる原因になります。
特に、役職や手当、賃金に影響がある場合は、その理由と内容を具体的に説明し、本人が考える時間を設けることが重要です。
決めた内容を記録に残す
話し合って決めた内容は、書面に残しておくことも重要です。
転換の期間、転換後の業務、賃金の扱い、出産・育児休業から復帰した後の扱いなど、後から確認できる状態にしておくことが大切です。
最高裁の判決が示したとおり、紛争になったときに問われるのは、会社がどのような説明をし、本人がどのような意向を示していたかです。記録がなければ、会社はそれを示すことができません。


賃金・役職の扱い
降格・減給が問題になる場面
均等法に基づく指針(平成18年厚生労働省告示第614号)は、不利益取扱いの例として、降格、減給、賞与などでの不利益な算定、不利益な配置の変更などを挙げています。
軽易業務転換に関して問題になりやすいのは、次のような場面です。
- 転換をきっかけに、役職を外す・役職手当をなくす
- 転換後の業務の負担軽減の程度に比べて、賃金を大きく引き下げる
- 出産・育児休業から復帰した後も、降格や減給をそのまま続ける
一方、労働時間が短くなった分の賃金を支払わないことは、それだけで不利益取扱いになるわけではありません。何が許され、何が許されないかの線引きは、転換の内容や会社の賃金制度によって変わるため、個別の検討が必要です。
本人の同意を得る場合の注意点
役職や賃金に影響がある場合に本人の同意を得るときは、最高裁が示した「自由な意思に基づく承諾」の基準を意識しなければなりません。
- 降格・減給の内容と理由を、具体的に説明しているか
- 降格しない場合の選択肢も示しているか
- 転換の終了後や、育児休業から復帰した後の扱いを説明しているか
- 本人が考える時間を設けているか
これらの説明が不十分なまま得た同意は、紛争になったときに有効と認められない可能性があります。
就業規則での定め方
軽易業務転換や母性健康管理の措置は、法律に定められた制度であり、就業規則に書いていなくても会社は対応しなければなりません。しかし、就業規則に定めていなければ、請求を受けたその場で、手続きや賃金の扱いを一から考えることになります。
就業規則を定めるうえでは、少なくとも次の事項を検討しておくことをお勧めします。
- 軽易業務転換の請求の手続き
- 転換後の業務に応じた賃金の扱いについての基本的な考え方
- 母性健康管理の措置(妊婦健診の時間、通勤緩和など)の申出の手続きと、その時間が有給か無給か
- 出産・育児休業から復帰した後の職務・処遇の扱い
母性健康管理の措置で勤務しなかった時間を有給とするか無給とするかは、法律で定められておらず、会社が決めることができます。ただし、就業規則に書かれていなければ、従業員とのトラブルの原因になります。賃金に関わる事項は就業規則の記載事項でもあります。
また、個別に本人と合意した内容が就業規則の基準を下回っていると、その部分は無効になります。
関連:就業規則と雇用契約書の内容が違う場合、どちらが優先されるか?
違反した場合の罰則
軽易業務転換の義務に違反した場合、6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金が科されることがあります(労働基準法第119条第1号)。
危険有害業務の就業制限(第64条の3)、産前産後休業(第65条第1項・第2項)、妊産婦の労働時間等の制限(第66条)に違反した場合も同じです。
均等法の不利益取扱いの禁止(第9条第3項)や母性健康管理の措置(第17条・第18条)に違反した場合、刑事罰はありませんが、厚生労働大臣(都道府県労働局長)の助言・指導・勧告の対象になり、勧告に従わない場合は企業名が公表されることがあります(均等法第36条)。
また、民事上は、降格・減給の無効や損害賠償を求められることもありえます。
関連:労働基準法・労働安全衛生法の罰則一覧 ─ 拘禁刑への一本化と両罰規定
実務上の注意点
「軽易な業務はない」と答えて終わりにする
新たな業務を作る義務がないことを理由に、検討しないまま請求を断るケースです。
通達は、既存の業務の中で本人が請求した業務に転換させることを原則としています。作業の一部を外す、勤務時間帯を変えるといった方法を検討した経過がなければ、法違反を指摘されるおそれがあります。
口頭の了解だけで役職や手当を外す
「本人も納得していたから」という理由で、書面も説明の記録もないまま役職や手当を外しているケースです。
書面や説明の記録がなければ、最高裁が求める「自由な意思に基づく承諾」を、会社が後から示すことはできません。
復帰後も降格・減給のままにしている
軽易業務転換のときに役職を外し、出産・育児休業から復帰した後もそのままになっているケースです。
広島中央保健生協事件でも、復帰後に副主任に戻されなかったことが問題とされました。転換の時点で、復帰後の扱いを決めておく必要があります。
まとめ
軽易業務転換は、実際に請求されることが少ない制度(という印象)です。そのため、いざ請求を受けたときに場当たり的な対応になりやすく、役職や手当の扱いを深く考えないまま決めてしまうことがあります。
しかし、転換を契機とする降格は、最高裁が「原則として違法」と判断しています。妊娠・出産をめぐる対応は、トラブルになると、会社の説明の経過や記録が確認されることになります。そのときに「本人も了解していた」だけでは、会社の対応が適法であったことを示せません。
御社の就業規則には、軽易業務転換や母性健康管理の措置、復帰後の扱いが定められているでしょうか?
当事務所の場合
あべ社労士事務所の代表社労士は、厚生労働省労働基準局で労働基準法令・労働安全衛生法令の政策立案に従事してきました。当事務所の就業規則コンサルティングでは、妊娠・出産に関する規定が、労働基準法・均等法・育児・介護休業法の改正に対応しているか、復帰後の処遇まで含めて実際の運用と一致しているかを確認します。
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