「退職金は会社の好意で払うものだから、出すかどうかは会社が決められる」と考えていませんか?
この理解は、半分は正しく、半分は誤りです。
退職金制度を設けるかどうかは会社の自由ですが、一度、就業規則や退職金規程に定めると、会社の判断で払わないといったことはできなくなります。
また中小企業退職金共済(中退共)に加入している会社では「退職金規程にどう書いたか」とは別に、掛金を納めた時点で、退職金は会社の手を離れています。
この記事では、退職金のうち、退職時にまとめて支払う退職一時金について、会社が押さえておくべき法律上のルールを解説します。なお、退職年金(確定給付企業年金や確定拠出年金など)は扱いません。


退職金の支払いは法律上の義務ではない
労働基準法をはじめとする労働法令には、会社に退職金の支払いを義務づける規定はありません。退職金制度を設けるかどうかは、会社が自由に決めることができます。
実際に、従業員10〜299人の中小企業では、退職金制度がある会社は64.2%で、3社に1社は退職金制度を設けていません。
退職金制度がある会社の割合や、勤続年数別・学歴別の退職金の相場は、次の記事で紹介しています。
関連:【データ】中小企業の退職金相場 ─ 勤続年数別・学歴別・自己都合と会社都合(令和6年版)
就業規則に定めると支払義務が生じる
退職金は、もともと会社の恩恵的な給付と考えられてきました。
しかし、行政通達(昭22.9.13 発基第17号)は、退職金などの恩恵的な給付は原則として賃金ではないとしつつ、労働協約、就業規則、労働契約などによって、あらかじめ支給条件が明確に定められているものは賃金にあたるとしています。
つまり、就業規則や退職金規程で支給の基準を定めた退職金は、労働基準法上の賃金として扱われ、会社はその基準どおりに支払う義務を負います。
就業規則に記載しなければならない事項
退職金制度を設ける場合は、就業規則に次の事項を記載しなければなりません。
- 労働基準法第89条(抜粋)
- 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
(略)
三の二 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
制度を設ける場合にだけ記載が必要になる事項を「相対的必要記載事項」といい、上の条文を噛み砕いて書くと以下のようになります。
- 適用される労働者の範囲(誰に支払うか)
- 退職手当の決定・計算の方法(いくら支払うか)
- 支払の方法(どのように支払うか)
- 支払の時期(いつ支払うか)
退職金規程を就業規則とは別の文書にしている会社は多いですが、退職金規程も就業規則の一部です。作成・変更したときは、従業員の過半数代表者の意見を聴き、労働基準監督署に届け出る必要があります。
退職金規程がなくても支払義務が認められる場合
退職金規程がなければ払わなくてよい、とは言い切れません。
退職者のほぼ全員に、同じ基準で退職金を支払ってきた会社について、労使慣行が成立しているとして、退職金の請求を認めた裁判例があります(宍戸商会事件、東京地判昭48.2.27)。
「退職金規程はないが、辞める人にはこれまで払ってきた」という会社は要注意です。


給付建てと拠出建て
退職一時金の制度は、会社が従業員に何を約束しているかによって、大きく2つに分けられます。
| 比較項目 | 給付建て | 拠出建て |
|---|---|---|
| 会社が約束するもの | 退職金の額(計算方法) | 毎月の掛金 |
| 退職金の額の決まり方 | 退職金規程の計算方法により、退職時に会社が確定する | 掛金と納付した期間で決まる |
| 退職理由による差 | 退職金規程で定めれば差を設けることは可能 | 差を設けることは不可能 |
| 代表的な仕組み | 社内準備による退職金規程 | 中小企業退職金共済(中退共) |
給付建て:会社が退職金の額を約束する
給付建ては、退職金規程で退職金の計算方法を定め、退職時にその計算方法に従って会社が支払う仕組みです。
東京都の調査によると、退職一時金制度がある中小企業の計算方法は、次のとおりです。
- 退職金算定基礎額(基本給など)×支給率:42.0%
- 勤続年数に応じた一定額:29.9%
- ポイント制(退職金ポイント×ポイント単価):10.6%
給付建てでは、自己都合退職と会社都合退職で支給率を変えたり、懲戒解雇の場合に不支給・減額としたりすることを退職金規程で定めることができます。
拠出建て:会社が掛金を約束する
拠出建ては、会社が毎月一定の掛金を納め、退職金の額はその掛金と納付した期間によって決まる仕組みです。
中退共は、この拠出建ての代表です。
中退共の退職金は、掛金月額と掛金納付月数に応じて、中小企業退職金共済法で定められた額となり、中退共から従業員の口座に直接支払われます。
中退共では、退職時に「出す・出さない」を決められない
ここが、経営者に最も誤解されやすい点です。
中退共に加入していながら、「辞め方が悪い人には退職金を出さない」「自己都合で辞める人は減らす」と考えている経営者は少なくありません。
しかし、中退共の退職金には、次のような特徴があります。
- 退職理由が自己都合か会社都合かで、支払われる額は変わらない
- 懲戒解雇の場合は、厚生労働大臣の認定を受けて減額できるが、全額を減額することはできない
- 減額した分は、会社には戻らない
- 会社が従業員に代わって退職金を受け取ることはできない
つまり、中退共の掛金は、納めた時点で従業員の退職金として会社の手を離れており、退職時に会社が支給するかどうかを決めることはできません。


給付建ての退職金規程と中退共を組み合わせる場合
多くの会社では、退職金規程に給付建ての計算方法を書きながら、その支払いの準備として中退共に加入しています。
この場合、退職金規程で計算した額と、中退共から支払われる額は、通常一致しません。
- 中退共の額が退職金規程の額を上回る場合:差額を会社が受け取ることはできず、従業員がそのまま受け取る
- 中退共の額が退職金規程の額を下回る場合:その差額は会社が支払う必要がある
このような状況が生まれるため、退職金規程の計算方法と中退共の掛金の関係をその中で明らかにしておくことが重要です。
退職一時金の準備方法
東京都の調査によると、退職一時金制度がある中小企業の支払いの準備方法(複数回答)は、社内準備が59.2%、中退共が50.9%、退職金保険が10.1%、特定退職金共済制度が6.8%でした。
| 準備方法 | 仕組み | 主な注意点 |
|---|---|---|
| 社内準備 | 会社が自ら資金を準備し、退職金規程に従って支払う(給付建て) | 退職者が重なると、資金繰りに影響する |
| 中退共 | 国の制度。会社が掛金を納め、中退共から従業員に直接支払われる(拠出建て) | 加入できる企業の規模に上限がある。退職理由で差を設けることができない |
| 退職金保険 | 生命保険などを使って資金を準備する | 保険金の受取人や契約の内容によって、退職金規程との関係が変わる |
中退共の主な仕組み
中退共は、中小企業退職金共済法に基づく国の制度です。主な仕組みは次のとおりです。
- 加入できる企業は、常時雇用する従業員数または資本金・出資金のいずれかで決まる(製造業・建設業などの一般業種は300人以下または3億円以下、卸売業は100人以下または1億円以下、サービス業は100人以下または5千万円以下、小売業は50人以下または5千万円以下)
- 従業員は原則として全員を加入させる(期間を定めて雇用される者、試用期間中の者、短時間労働者などは除外できる)
- 掛金は全額を会社が負担し、従業員に負担させることはできない
- 初めて加入する会社には、加入後4か月目から1年間、掛金月額の2分の1(従業員ごとに上限5,000円)を国が助成する
- 掛金の納付が1年未満で退職した場合は、退職金は支給されず、納めた掛金も会社には戻らない
従業員数が300人を超え、かつ資本金も3億円を超える製造業の会社などは、中退共に加入できません。加入後に規模が大きくなり、要件を満たさなくなった場合の扱いも定められています。
このほか、商工会議所などが運営する特定退職金共済制度もあります。また、社会福祉法人が経営する社会福祉施設などには、社会福祉施設職員等退職手当共済制度があります。
いずれも、同じ従業員を中退共と重ねて加入させることはできません。
支払時期・時効・罰則
支払時期は退職金規程で定める
労働基準法第23条は、従業員が退職し、請求があった場合は、7日以内に賃金を支払わなければならないと定めています。
ただし、退職金については、あらかじめ就業規則などで定めた支払時期に支払えばよいとされています(昭26.12.27 基収第5483号、昭63.3.14 基発第150号)。
そのため、支払時期を退職金規程で定めておくことが必要です。
退職金の請求権の時効は5年
退職金の請求権の時効は5年です(労働基準法第115条)。
2020年(令和2年)4月の改正で、賃金の請求権の時効は5年とされましたが、経過措置として当分の間は3年とされています。この経過措置は、退職金を除く賃金が対象であり、退職金は改正前から5年のままです(同法附則第143条第3項)。
支払わなかった場合の罰則
退職金規程で支給条件を定めた退職金は賃金にあたるため、定めたとおりに支払わなければ、賃金の全額払いを定めた労働基準法第24条に違反します。
違反した場合は、30万円以下の罰金の対象です(同法第120条)。
関連:労働基準法・労働安全衛生法の罰則一覧 ─ 拘禁刑への一本化と両罰規定
減額・廃止するときの不利益変更
業績の悪化などから、退職金を減らしたり、制度そのものを廃止したりしたいという相談は少なくありません。
しかし、就業規則の変更によって労働条件を従業員に不利益に変える場合は、労働契約法の制限を受けます。
- 労働契約法第9条
- 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。
- 労働契約法第10条
- 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によつては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。
退職金の変更には「高度の必要性」が求められる
退職金のような重要な労働条件については、判例がより厳しい基準を示しています。
大曲市農協事件(最三小判昭63.2.16)では、賃金や退職金など重要な権利・労働条件に実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更は、そのような不利益を従業員に受け入れさせることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に限り、効力を生じるとされました。
また、それまでの勤続によってすでに積み上がった部分まで減らす変更は、将来の分だけを減らす変更よりも、不利益の程度が大きいと判断されやすくなります。
同意書があれば足りるわけではない
従業員から個別に同意を得れば、労働契約法第9条により、就業規則の変更の合理性を問わずに労働条件を変更できるとも考えられます。
しかし、山梨県民信用組合事件(最二小判平28.2.19)では、退職金の支給基準を不利益に変更することへの同意について、署名や押印があることだけで判断するのではなく、その同意が従業員の自由な意思に基づくものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するかどうかも含めて、慎重に判断すべきとされました。
変更によって従業員が受ける不利益の内容や程度を、会社がどこまで具体的に説明したかが問われることになります。


懲戒解雇の場合の不支給・減額
退職金規程に定めがなければ不支給にできない
懲戒解雇した従業員に退職金を支払わない、または減額するためには、その旨を退職金規程に定めておく必要があります。
定めがなければ、懲戒解雇であっても、退職金規程の計算方法どおりに支払わなければなりません。
定めがあっても、全額不支給が認められる場合は限られる
退職金規程に「懲戒解雇の場合は退職金を支給しない」と定めていても、常に全額を不支給にできるわけではありません。
小田急電鉄事件(東京高判平15.12.11)では、退職金の全額を不支給とすることができるのは、それまでの勤続の功を抹消してしまうほどの、著しく信義に反する行為がある場合に限られるとされました。
この事案では、全額不支給ではなく、本来の額の3割の支給が相当と判断されています。
同業他社への転職と減額
懲戒解雇以外にも、退職後に同業他社へ就職した場合に退職金を減額する定めが、問題になることがあります。
三晃社事件(最二小判昭52.8.9)では、同業他社に就職した場合は自己都合退職の半額とする定めについて、退職金が功労報償的な性格を併せ持つことを踏まえ、有効と判断されました。
いずれの場合も、どのような場合に、どの程度減額するのかを退職金規程で明らかにしておくことが前提です。退職金を支払った後に懲戒解雇にあたる事由が判明した場合の扱いも、あわせて検討しておく必要があります。
なお、中退共の退職金は、前述のとおり会社の判断で不支給にすることはできません。
パート・有期雇用・再雇用者の退職金
適用範囲が曖昧いだとパートにも及ぶ
退職金規程の「適用される労働者の範囲」が曖昧な場合、パートや契約社員にも退職金規程が適用されると主張される余地が生じます。
就業規則で定める基準に達しない労働契約は、その部分について無効となり、就業規則の基準によります(労働契約法第12条)。雇用契約書に「退職金なし」と書いていても、それだけでは足りない場合があるということです。
関連:正社員とパートの違いとは? 法律上の定義・社会保険の加入要件・労働条件の明示・就業規則
正社員との待遇差
パートタイム・有期雇用労働法第8条は、正社員とパート・有期雇用の従業員との間で、待遇の不合理な相違を禁止しています。
メトロコマース事件(最三小判令2.10.13)では、契約社員に退職金を支給しないことが、不合理とまではいえないと判断されました。
ただし、これは職務の内容や配置の変更の範囲などの事情を踏まえた個別の判断であり、パートや契約社員に退職金を支給しなくてよいと、一般的に認めたものではありません。
定年後の再雇用者
定年退職時に退職金を支払い、その後に再雇用する場合は、再雇用後の期間を退職金の勤続年数に含めるかどうかを退職金規程で明らかにしておく必要があります。
よくあるミス
中退共に加入していながら、退職時に支給の有無を決めることができると考えている
前述のとおり、中退共の退職金は、掛金を納めた時点で会社の手を離れています。
退職金規程に「懲戒解雇の場合は支給しない」「自己都合退職の場合は減額する」と定めていても、中退共だけで支払っている会社では、その定めのとおりにはなりません。
中退共の掛金と退職金規程の計算方法が合っていない
退職金規程で「基本給×支給率」としているのに、中退共の掛金は全員一律、という会社もあります。
この場合、従業員によって、退職金規程の額を中退共の額が上回ったり、下回ったりします。
下回った分は会社が支払う必要があり、上回った分は従業員がそのまま受け取ります。退職者が出て初めて、差額の支払いに気づく会社も少なくありません。
適用範囲に、パート・再雇用者の扱いが書かれていない
退職金規程の適用範囲が「従業員」とだけ書かれている会社は少なくありません。
パートや契約社員、定年後の再雇用者、従業員から昇格した役員について、退職金規程が適用されるのか、勤続年数をどう数えるのかが書かれていなければ、退職のたびに判断が分かれることになります。
また、この適用範囲の問題は、退職金規程だけでなく、就業規則全体でもよく見られるものです。




まとめ
退職金について、会社が押さえておくべき点は次のとおりです。
- 退職金の支払いは法律上の義務ではないが、退職金規程で支給条件を定めると賃金として支払義務が生じる
- 給付建ての退職金規程では、退職理由による差や懲戒解雇時の不支給を定められるが、拠出建ての中退共では、退職時に会社が支給するかどうかを決めることはできない
- 支払時期は退職金規程で定め、退職金の請求権の時効は5年
- 退職金を減額・廃止するには高度の必要性が求められ、従業員の同意も署名だけでは足りない
- 懲戒解雇時の不支給・減額は、退職金規程の定めが前提で、全額不支給が認められる場合は限られる
退職金規程は、作成したときには問題が見えません。
退職金規程に書いてある計算方法と、中退共などの準備方法、そして経営者が考えている退職金の払い方が一致しているかは、従業員が辞めるときに初めて問われます。
当事務所の場合
退職金規程が問題になるのは、従業員が辞めるとき、それも円満とはいえない辞め方をするときです。そのときになって、退職金規程と中退共の関係や、懲戒解雇の場合の定めを確認しても、すでに手遅れです。
あべ社労士事務所の代表社労士は、厚生労働省労働基準局で労働基準法令・労働安全衛生法令の政策立案に従事してきました。当事務所の就業規則の作成・修正では、退職金規程について、計算方法と準備方法の整合や、退職理由ごとの扱いを含めて確認します。
退職金規程の内容と積立方法が一致しているか確かめるなら
厚生労働省労働基準局出身の代表社労士が徹底的にヒアリングし、御社の実態に沿った就業規則を作成します。
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