御社は「安全配慮義務」を尽くしていますか。そう聞かれたとき、具体的に何をしているかを説明できるでしょうか。
安全配慮義務という言葉に反対する経営者はいません。しかし「では具体的に何をすればよいのか」となると、途端に難しくなります。条文が「必要な配慮」としか書いていないためです。


安全配慮義務とは
安全配慮義務とは、使用者は労働者が安全に働くことができるように配慮しなければならない義務のことです。
元々は判例によって確立された考え方で、その後、2008年(平成20年)3月に施行された労働契約法によって明文化されました。
- 労働契約法第5条(労働者の安全への配慮)
- 使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
条文はわずか一文です。何をすればよいかは書かれていません。だからこそ、判例とそれらを踏まえて作成された行政通達をたどる必要があります。
安全配慮義務を確立した判例
厚生労働省は、労働契約法第5条の参考となる裁判例として2件を挙げています。ここではその2件に、安全配慮義務の対象を心の健康にまで広げた判決を加えた3件を見ていきます。
陸上自衛隊事件(最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決)
自衛隊の車両整備工場で車両整備中、後退してきたトラックにひかれて死亡した事案です。最高裁は、国が公務員に対して安全配慮義務を負うことを認めました。
この判決が示した考え方は、民間企業にもそのまま当てはまります。
労働者は、使用者の指定した場所に配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるから、使用者は、(中略)労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っている
つまり、働く場所も設備も会社が用意しているのだから、会社が安全に配慮するのは当然、という論理です。
川義事件(最高裁昭和59年4月10日第三小法廷判決)
社屋で1人で宿直勤務をしていた従業員が、窃盗目的で侵入した元従業員に殺害された事案です。最高裁は会社の安全配慮義務違反を認めました。
判決は、会社が具体的に何をすべきだったかまで踏み込んでいます。
宿直勤務の場所である本件社屋内に、宿直勤務中に盗賊等が容易に侵入できないような物的設備を施し、(中略)これら物的施設等を十分に整備することが困難であるときは、宿直員を増員するとか宿直員に対する安全教育を十分に行うなどし・・・
物的な設備、人員の配置、安全教育という3つが並んでいる点に注目してください。安全配慮義務は、設備だけでも、教育だけでもなく、その組み合わせで評価されます。


電通事件(最高裁平成12年3月24日第二小法廷判決)
この2件のほかに、安全配慮義務を語るうえで欠かせないのが電通事件です。厚生労働省が参考裁判例として挙げているものではありませんが、安全配慮義務の射程を大きく広げた判決です。
長時間労働の末に従業員が自殺した事案で、最高裁は労働者のメンタルヘルスについても安全配慮義務の対象になるという判断を示しました。
身体の安全だけでなく、心の健康も会社が配慮すべき対象である、ということが確立したのはこの判決です。
通達が示す労働契約法第5条の解釈
労働契約法第5条の趣旨と内容については、行政通達(平成24年8月10日付け基発0810第2号「労働契約法の施行について」)が解釈を示しています。実務上、重要なのは次の4点です。
- 使用者は、労働契約に特段の根拠規定がなくとも、労働契約上の付随的義務として当然に安全配慮義務を負う
- 「労働契約に伴い」とは、契約に書いていなくても当然に義務を負うことを明らかにしたもの
- 「生命、身体等の安全」には、心身の健康も含まれる
- 「必要な配慮」は一律に定まるものではなく、労働者の職種、労務内容、労務提供場所等の具体的な状況に応じて求められる
そして通達は、次のように付け加えています。
なお、労働安全衛生法をはじめとする労働安全衛生関係法令においては、事業主の講ずべき具体的な措置が規定されているところであり、これらは当然に遵守されなければならないものであること。
ここが実務の出発点です。「必要な配慮」の中身は会社ごとに違いますが、労働安全衛生法令が定める具体的な措置を守ることはその最低ラインであるということです。
逆に言えば、労働安全衛生法令に違反している状態で労働者に健康被害が生じれば、安全配慮義務違反を問われる可能性は高いということになります。


安全配慮義務の4つのチェックポイント
「必要な配慮」は会社ごとに異なるため、点検すべき項目も本来は会社によって変わります。ここでは、どの会社にも共通する4つを挙げます。
1. 設備・作業環境の安全
判例が出発点としていたのは、まさにここです。労働安全衛生法は、事業者が講ずべき措置を具体的に定めています。
- 機械、器具その他の設備による危険の防止(第20条)
- 掘削、荷役、伐木等の作業方法から生ずる危険の防止、墜落・土砂崩壊のおそれがある場所の危険の防止(第21条)
- 原材料、ガス、粉じん、騒音、振動、異常気圧等による健康障害の防止(第22条)
- 通路、床面、階段の保全、換気、採光、照明、休養、清潔に必要な措置(第23条)
- 作業行動から生ずる労働災害の防止(第24条)
- 労働災害発生の急迫した危険があるときの作業中止と退避(第25条)
加えて、労働安全衛生法第28条の2は、危険性又は有害性等の調査(リスクアセスメント)とその結果に基づく措置を求めています。
製造業をはじめとする一定の業種では努力義務とされていますが、現場のどこに危険があるかを把握していない状態は、安全配慮義務の観点でも説明が難しいでしょう。
そのため現場を持つ会社では、以下のような点が問われます。
- 機械の安全装置が外されたまま使われていないか
- 作業手順が定められ、実際にそのとおり行われているか
- 危険箇所の表示や立入制限が形だけになっていないか


2. 労働時間管理
安全配慮の観点で言えば、労働時間管理も極めて重要です。
心身の健康を損ねる長時間労働を放置することやメンタルヘルスの問題についても安全配慮義務の対象になるのは、電通事件で最高裁が示したとおりです。
また以前と状況が変わり、かつて労働時間の把握はガイドラインに基づく行政指導の世界でしたが、2019年(平成31年)4月から、労働安全衛生法第66条の8の3により法律上の義務となっています。
- 労働安全衛生法第66条の8の3
- 事業者は、第66条の8第1項又は前条第1項の規定による面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者の労働時間の状況を把握しなければならない。
この規定が労働基準法ではなく労働安全衛生法に置かれている点こそが重要です。
労働時間管理の目的が、残業代の計算ではなく面接指導を実施して健康を確保することにある、という証左です。まさに安全配慮義務の文脈です。
そして、この規定では管理監督者も対象から除外されていないことにご注意ください。


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3. 健康診断とその後の対応
健康診断は、労働安全衛生法により実施が義務付けられています。ただし健康診断は行って終わりではありません。
異常の所見がある労働者については、医師の意見を聴いたうえで、必要に応じて次のような措置を講ずることが求められます。
- 就業場所の変更
- 作業の転換
- 労働時間の短縮
- 深夜業の回数の減少
医師の意見を聴かなかったり、聴いた意見を無視して業務軽減を行わなかったりした結果、労働者に健康上の問題が生じた場合は、安全配慮義務違反が問題になります。


- システムコンサルタント事件(東京高裁平成11年7月28日判決)
- コンピュータソフトウェア関連業務に従事し、脳出血により死亡した労働者について、使用者は、高血圧症に罹患する労働者が致命的な合併症を生ずる危険があるときは、持続的な精神的緊張を伴う過重な業務に就かせないようにしたり、業務を軽減すべき配慮義務を負うにも関わらず、特段の負担軽減措置をとることなく過重な業務を継続させたことから会社の安全配慮義務違反が認められるとして認容された事例
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4. 安全衛生管理体制
労働安全衛生法は、事業場の規模に応じて、総括安全衛生管理者・安全管理者・衛生管理者・産業医の選任と、衛生委員会(安全衛生委員会)の設置を義務付けています。
実務で多く見られるのは、次のような状態です。
- 資格者は選任され、委員会も設置されているが、資格者が職務を果たしていない
- 衛生委員会(安全衛生委員会)が定期的に開かれていない、開かれていても適切な議題が設定されていない
このような状態で労働者に健康上の問題が生じた場合、安全配慮義務を尽くしていたと説明することは難しいでしょう。
安全衛生管理体制を作ってはいるが動いていないというのは、外から見れば体制がないのと変わりません。
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なお、万一労働災害が発生した場合には、労災保険の請求とは別に、事業者が労働基準監督署に報告する義務があります。
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労働者には自己保健義務があります
ここまでは会社の義務の話でしたが、労働者の側にも「自己保健義務(自己安全義務)」というものがあります。
自己保健義務とは、自身の安全と健康を確保するために労働者に課される義務です。
職場の安全を確保するには、会社による不安全な状態の解消だけでなく、労働者自身の不安全行動の防止も必要です。また、脳・心臓疾患や精神疾患は、長時間労働やストレスだけでなく、本人の生活習慣も発症要因の一つとされています。
会社がいくら配慮しても、労働者自身が自分の健康を守る行動をとらなければ意味がありません。
労働安全衛生法も、事業者に措置義務を課す一方で、労働者に対する義務を定めています。事業者が講ずる措置に応じて労働者が必要な事項を守らなければならないこと、そして健康診断については次のとおり定めています。
- 労働安全衛生法第66条第5項
- 労働者は、前各項の規定により事業者が行なう健康診断を受けなければならない。ただし、事業者の指定した医師又は歯科医師が行なう健康診断を受けることを希望しない場合において、他の医師又は歯科医師の行なうこれらの規定による健康診断に相当する健康診断を受け、その結果を証明する書面を事業者に提出したときは、この限りでない。
裁判例が示す自己保健義務の位置づけ
業務を離れた日常生活における健康確保は、労働者自身の責任です。この点は裁判例でも示されています。
- NHK事件(東京地裁昭和48年5月23日判決)
- 使用者として、具体的な労務指揮又は機械、器具の提供に当たって、右指揮又は提供に内在する危険に因って労働者の生命及び健康に被害が発生しないように配慮する義務があると解するのが相当であり、右労務指揮の場面を離れて、労働者の健康一般につき無制限の配慮義務が使用者にあると解することはできない。
また、前掲のシステムコンサルタント事件では、会社の安全配慮義務違反を認める一方で、定期健康診断で高血圧症を指摘されながら治療を受けなかったことを理由に、労働者本人の過失を5割認めています。


就業規則に定めておく必要があります
では、会社として労働者に自己保健義務を果たしてもらうにはどうすればよいのでしょうか。
就業規則に自己保健義務を規定し、労働者に周知しておく以外に方法はありません。
問題が生じたときに、すべてを会社が負うのではなく、労働者側の過失がなかったかを問えるようにしておくことは、リスク管理の観点から必要です。健康診断の受診義務は、その代表例です。
まとめ
安全配慮義務は、条文が「必要な配慮」としか書いていないため、抽象的な議論になりがちです。
しかし、判例や行政通達をたどっていくと、出発点は明確です。
会社が用意した場所と設備で働かせている以上、会社が安全に配慮する。そして行政通達が示すとおり、労働安全衛生法令の具体的な措置を守ることが最低ラインです。
今回挙げた4つのチェックポイントは、いずれも法令上の義務であり、特別な取組みではありません。それでも、実際にそれらの義務が果たされているかを確認していくと、漏れや抜けが見つかる会社は少なくありません。
当事務所の場合
安全配慮義務が問題になるのは、何かが起きた後です。そのときに問われるのは、日頃からどのような安全配慮をしていたかであり、その場で取り繕えるものではありません。日頃の記録と体制が、そのまま答えになります。
あべ社労士事務所の代表社労士は、厚生労働省で労働安全衛生行政に従事した経験を有します。当事務所の労務監査では、経営労務診断基準51項目に基づき、労働時間管理、健康診断、衛生管理者・産業医の選任、衛生委員会の開催を含めた安全衛生管理体制を確認します。
安全配慮義務を尽くしていると説明できる状態か確かめるなら
経営労務診断基準の51項目に沿って、厚生労働省労働基準局出身の代表社労士自らが点検します。
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