労働契約の基礎知識:就業規則・労働協約・労働条件通知書との関係

労働契約とは、労働者と企業(使用者)の間で交わされる契約です。

労働者が労務を提供し、使用者はその代償として賃金を支払います。

逆に言えば、労務の提供がなければ賃金を払う必要はありません。これが、ノーワーク・ノーペイ(No Work No Pay)の原則です。

この労働契約に関して、多くのトラブルが発生するため、法令には様々な成約があり、そしてトラブル解決に関する判例が示されています。

労働契約

労働契約は、労働者と使用者が対等な立場での合意により成立し、労働条件が設定されるのが原則です(労働契約法第3条・第6条、労働基準法第2条)。

また、労働契約法第3条では、就業の実態に応じた均衡処遇、仕事と生活の調和の配慮の理念、契約遵守、信義誠実、権利濫用の禁止の原則について規定されています。

さらに、労働基準法第13条では、同法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分について無効となり、無効となった部分は同法の定める基準となるとされています。

労働契約法第3条(労働契約の原則)

  1. 労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。
  2. 労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
  3. 労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする。
  4. 労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。
  5. 労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。

労働基準法第13条(この法律違反の契約)

この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。

労働協約

労働協約とは、企業と労働組合との間で交わされる約束事です。労働協約の効力は強く、労働協約を下回る条件を定めた労働契約は無効になります。

労働組合法第16条

企業と労働組合との間に締結される労働協約に定める労働条件の基準に違反する労働契約は、その部分は無効となり、無効となった部分は労働協約の基準の定めるところによる。また、労働契約に定めがない部分についても、労働協約に定める基準となる。

就業規則

常時10人以上の労働者を使用する事業場においては、就業規則の作成・届出義務が課されており、就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分が無効となり、就業規則で定める労働条件となります。

主として職場規律を定め、基本的に労働契約の内容とはならない米国のエンプロイー・ハンドブック等と異なり、合理的な労働条件を定める就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は就業規則で定める労働条件によることとされています。

日本では、就業規則により、個別の労働契約に詳細な労働条件を定める代わりに、詳細な労働条件を統一的に設定し、多数の労働者を使用して効率的、合理的な事業経営を可能としています。

労働条件通知書・労働条件の明示

使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間等の労働条件を明示しなければなりません。

特に、労働条件のうち、以下については労働者に書面を交付する義務があります。

  • 労働契約の期間に関する事項
  • 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
  • 労働時間・休憩・休日・休暇に関する事項
  • 賃金に関する事項
  • 退職に関する事項(解雇の事由を含む)

労働条件の変更

労働契約の内容の変更も、労働者と使用者の合意によることが原則です(労働契約法8条)。

なお、裁判例では、労働契約の内容の変更に関する個別合意の認定は厳格になされる傾向にあります。少なくとも合意しなければさらに不利益になるといった脅しは無効です。

労働契約法第8条(労働契約の内容の変更)

労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。

就業規則の変更による労働条件の変更

労働者と合意することなく就業規則の変更によって労働条件を労働者に不利益に変更することは原則としてできません。

ただし、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、

  • 労働者の受ける不利益の程度
  • 労働条件の変更の必要性
  • 変更後の就業規則の内容の相当性
  • 労働組合等との交渉の状況
  • その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なもの

である場合には、労働条件は変更後の就業規則に定める内容によることができます(労働契約法9条・10条)。

労働契約法第9条・10条(就業規則による労働契約の内容の変更)

第9条
使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

第10条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。
ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。

判例:更生会社三井埠頭事件(東京高判平成12年12月27日)

  • 更生会社が経営難を理由に労働者の承諾を得ずに賃金を減額したのに対して、労働者が減額分の賃金の支払を請求したことについて、裁判所は減額分の賃金の支払いを認めた事案
  • 就業規則に基づかない賃金の減額・控除に対する労働者の意思表示は、賃金債権の放棄と同視すべきであり、労働者の自由な意思に基づくものと認められるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときに限り、有効
  • 更生会社が賃金減額通知をしたが、減額の根拠を十分説明していないこと、諾否の意思表示を明示的に求めていないこと、労働者は異議を述べると解雇されると思っていたこと、賃金の20%の控除は不利益が大きいこと、一部の者にのみ負担を負わせていることから、外形上承諾と受け取られるような不作為が労働者の自由な意思に基づいてなされたとする合理的な理由が客観的に存在しない

判例:大曲市農業協同組合事件(最三小判昭和63年2月16日)

  • 農業協同組合の合併に伴って新たに制定された退職給与規程により、一つの旧組合の退職金支給倍率を低減したことについて、裁判所は就業規則の不利益変更の合理性を認めた事案
  • 賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更においては、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生じる
  • 退職金の支給率は低減されているが給与は相当程度増額していること、組織の合併により、労働者相互の格差を是正し、単一の就業規則を作成、適用しなければならない必要性が高いこと等から、合理性を有する

判例:第四銀行事件(最二小判平成9年2月28日)

  • 従前、定年が55歳で、勤務に耐え得る健康状態の労働者は58歳まで在職することができたが、就業規則を変更し、定年を55歳から60歳に延長するとともに、55歳以降の賃金を引き下げたため、55歳以降の賃金が54歳時の67%に低下し、58歳まで勤務して得ることを期待することができた賃金額を60歳定年近くまで勤務しなければ得ることができなくなったことについて、裁判所は就業規則の不利益変更の合理性を認めた事案
  • 当時60歳定年制の実現が国家的政策課題である一方、定年延長に伴う賃金水準の見直しの必要性が高いという状況にあったこと、変更後の労働条件は他社や社会一般の水準と比較してかなり高いこと、行員の約90パーセントで組織されている労働組合からの提案を受け、交渉、合意を経て労働協約を締結した上で行われたものであり、不利益緩和のための経過措置がなくても、不利益が合理的な内容のものであると認めることができないものでない

判例:みちのく銀行事件(最一小判平成12年9月7日)

  • 60歳定年制をとっていた銀行において、就業規則を変更し、55歳以上の行員を専任職とし、給与の約半分を占める業績給を一律50%減額し、それに伴い賞与の支給率も減額したことについて、裁判所が就業規則の不利益変更の合理性を認めなかった事案
  • 就業規則の変更の経営上の必要性は認められるが、賃金体系の変更は、中堅層の労働条件の改善をする代わりに55歳以降の賃金水準を大幅に引き下げたものであって、差し迫った必要性に基づく総賃金コストの大幅な削減を図ったものなどではない
  • 行員の73%を組織する労働組合が不利益変更に同意しているが、不利益の程度や内容を勘案すると、合理性を判断する際に組合の同意を大きな考慮要素とすることはできない
  • 高年層の行員に対して専ら不利益を与えるものであり、他の諸事情を勘案しても本件就業規則の変更のうち賃金の減額部分は、当該行員には効力を及ぼすことができない