「年俸制にしているから、残業代は年俸に含まれている」と考えていませんか?
年俸制は、管理職や専門職の処遇でよく使われる賃金制度です。しかし、年俸制にしたことで、割増賃金の支払義務がなくなるわけではありません。
割増賃金の計算方法を誤っていたり、年俸の内訳が曖昧だったりして、後から未払いの残業代を請求される例も少なくありません。


年俸制とは
年俸制とは、1年単位で賃金の総額を決める賃金制度です。月給制が毎月の賃金額を決めるのに対し、年俸制は1年間の賃金額を決め、それを分割して支払います。
労働基準法には、年俸制について定めた規定はありません。そのため、年俸制にしても、労働時間、割増賃金、賃金の支払方法などは、月給制と同じルールが適用されます。
| 比較項目 | 月給制 | 年俸制 |
|---|---|---|
| 賃金額を決める単位 | 1か月 | 1年 |
| 賃金額の改定 | 昇給の時期など | 年1回の評価・交渉が多い |
| 割増賃金 | 必要 | 必要 |
| 毎月1回以上の支払 | 必要 | 必要 |
年俸制でも割増賃金は必要
時間外労働、休日労働、深夜労働に対しては、労働基準法第37条により割増賃金を支払わなければなりません。
- 労働基準法第37条第1項
- 使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が一箇月について六十時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の五割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
この規定に、年俸制を除外する定めはありません。年俸制の従業員でも、時間外労働をさせれば割増賃金を支払う必要があります。年俸制であることを理由に割増賃金の支払を免れることはできないとした裁判例もあります(創栄コンサルタント事件 大阪地判平14.5.17)。
例外は、労働基準法第41条第2号の管理監督者などに当たる場合ですが、これは年俸制かどうかとは関係がありません(後述)。
割増賃金の基礎となる賃金の計算
年俸制で最も誤りが多いのが、割増賃金の基礎となる賃金の計算です。
月給制の場合、割増賃金の基礎となる1時間当たりの賃金は、月給を1年間における1か月平均の所定労働時間数で割って求めます。年俸制でも、考え方は同じです。
年俸を12分割して支払う場合
年俸を12等分して毎月支払っている場合は、月給制と同じです。12分の1の額を、1年間における1か月平均の所定労働時間数で割ります。
賞与分を含めて年俸額が確定している場合
注意が必要なのは、年俸の一部を「賞与」として支払っている場合です。たとえば、年俸を16分割し、毎月16分の1を支払い、夏と冬に16分の2ずつを「賞与」として支払う方法です。
割増賃金の基礎となる賃金からは、「1か月を超える期間ごとに支払われる賃金」を除外できます。
- 労働基準法施行規則第21条
- 法第三十七条第五項の規定によつて、家族手当及び通勤手当のほか、次に掲げる賃金は、同条第一項及び第四項の割増賃金の基礎となる賃金には算入しない。
- 別居手当
- 子女教育手当
- 住宅手当
- 臨時に支払われた賃金
- 一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金
そのため、「賞与として支払う分は除外できる」と考えがちです。しかし、行政通達では、労働基準法上の「賞与」とは、支給額があらかじめ確定していないものをいうとされています(昭22.9.13 発基17号)。
そして、年俸制で、毎月支払う部分と賞与として支払う部分を合計した年俸額があらかじめ確定している場合、その賞与部分は「賞与」に当たらず、割増賃金の基礎となる賃金から除外できないとされています(平12.3.8 基収78号)。
つまり、16分割で支払っていても、割増賃金の基礎は「年俸の12分の1」です。
年俸600万円、1年間における1か月平均の所定労働時間数が160時間の場合で比べた例は以下のとおりです。
| 計算方法 | 基礎となる月額 | 1時間当たりの賃金 | 時間外労働1時間の賃金(1.25倍) |
|---|---|---|---|
| 誤り:毎月の支給額(16分の1)で計算 | 375,000円 | 約2,344円 | 約2,930円 |
| 正しい:年俸の12分の1で計算 | 500,000円 | 3,125円 | 約3,906円 |
時間外労働1時間当たり約1,000円の差です。月20時間の時間外労働が続けば、1年で20万円以上の未払いになります。


賞与を業績に応じてその都度決める場合
一方、毎月支払う部分だけを年俸として決め、賞与は会社や本人の業績に応じてその都度金額を決める場合は、その賞与は支給額があらかじめ確定していないため、割増賃金の基礎となる賃金から除外できます。
どちらに当たるかは、賃金規程や雇用契約書での年俸の定め方と、実際の決め方によって決まります。
年俸に固定残業代を含める場合
「年俸には一定時間分の残業代が含まれている」という、いわゆる固定残業代を年俸に組み込むこと自体は可能です。ただし、割増賃金を支払ったと認められるには、条件があります。
通常の賃金と割増賃金の部分を判別できること
最高裁は、割増賃金をあらかじめ賃金に含めて支払う方法について、次のように判断の枠組みを示しています。
- 国際自動車事件(最一小判令2.3.30)
- 使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには,割増賃金として支払われた金額が,通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として,労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ,その前提として,労働契約における賃金の定めにつき,通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である
この「判別できること」という要件は、高知県観光事件(最二小判平6.6.13)、テックジャパン事件(最一小判平24.3.8)から続く最高裁の考え方です。
「年俸には残業代を含む」とだけ定め、そのうちいくらが割増賃金なのかがわからない場合は、割増賃金を支払ったことになりません。この場合、会社は年俸とは別に割増賃金を支払う必要があり、しかも年俸の全額が割増賃金の基礎になります。
高額の年俸でも判別できなければ認められない
年俸制で特に参考になるのが、医療法人社団康心会事件(最二小判平29.7.7)です。
年俸1,700万円の医師について、年俸に時間外労働の割増賃金を含める合意があったとしても、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別できない以上、割増賃金が支払われたとはいえないと判断されました。
年俸が高額であることや、本人が合意していることは、それだけでは理由になりません。
時間外労働の対価として支払われていること
さらに、判別できるというためには、その部分が時間外労働などの対価として支払われていることが必要です。これにあたるかどうかは、契約書などの記載内容のほか、会社の説明の内容や、実際の労働時間などの事情を考慮して判断されます(日本ケミカル事件 最一小判平30.7.19、前掲国際自動車事件)。


なお、求人の段階でも、固定残業代を採用する場合は、その金額や対象となる時間数、超えた分を追加で支払うことを明示することが求められています(職業安定法に基づく指針)。
関連:雇用契約書・労働条件通知書の割増賃金率の書き方 ─ 25%か125%か
管理監督者と年俸制
「年俸制の従業員は管理職だから、残業代は要らない」という考え方もよく見かけます。しかし、年俸制であることと、管理監督者に当たることは、まったく別の問題です。
- 労働基準法第41条
- この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
- 別表第一第六号(林業を除く。)又は第七号に掲げる事業に従事する者
- 事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者
- 監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの
管理監督者に当たるかどうかは、役職名や賃金の決め方ではなく、職務内容、責任と権限、勤務態様、待遇などの実態によって判断されます(昭22.9.13 発基17号、昭63.3.14 基発150号)。年俸制にしたからといって、管理監督者になるわけではありません。
また、管理監督者に当たる場合でも、次の点に注意が必要です。
- 深夜労働(午後10時から午前5時まで)の割増賃金は必要(ことぶき事件 最二小判平21.12.18)
- 労働安全衛生法により、労働時間の状況を把握する義務がある
関連:就業規則で管理監督者はどう定めるべきか? 規定例と判断基準
毎月1回以上・一定期日払いの原則
年俸制でも、年俸を年に1回まとめて支払うことはできません。
- 労働基準法第24条第2項
- 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
そのため、年俸制では、年俸を12分割や16分割などにして毎月支払います。前述のとおり、16分割などで賞与として支払う部分も、年俸額があらかじめ確定していれば労働基準法上の「賞与」には当たりません。
また、年度の途中で入社・退職した場合に年俸をどう計算するかも、決めておかなければ、後で問題になります。
賃金台帳には、年俸制の従業員についても、時間外労働の時間数や割増賃金の額などを記入する必要があります。
年俸の改定・減額
年俸制は、評価に応じて毎年の年俸額を見直すことが前提になっています。ただし、会社が自由に年俸額を下げられるわけではありません。
年俸の減額には合意が原則
年俸額は労働条件そのものです。労働条件の変更は、労働者と使用者の合意によるのが原則です。
- 労働契約法第8条
- 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。
決定した年俸額を、その年度の途中で一方的に引き下げることはできません。
合意できない場合に会社が決められるか
次年度の年俸額について合意できない場合に、会社が一方的に年俸額を決められるかが争われたのが、日本システム開発研究所事件(東京高判平20.4.9)です。
この事件では、合意が成立しない場合に会社が年俸額を決められるのは、次のような事項が制度化されて就業規則などに明示され、その内容が公正な場合に限られるとされました。
- 成果・業績の評価基準
- 年俸額の決定手続
- 減額の限界の有無
- 不服申立ての手続
この会社では、こうした定めがなかったため、会社に一方的な決定権はないとされ、前年度の年俸額が適用されると判断されました。


就業規則・賃金規程に定めておくべき事項
賃金の決定、計算及び支払の方法は、就業規則に必ず記載しなければならない事項です(労働基準法第89条第2号)。年俸制を導入する場合は、少なくとも次の事項を就業規則や賃金規程で定めておく必要があります。
- 年俸制の対象者
- 年俸の構成(固定残業代を含める場合は、その額と時間数)と支払方法
- 評価の基準と、年俸額の決定手続・時期
- 減額の限界と、不服申立ての手続
- 年度の途中で入社・退職した場合の計算
既存の就業規則の変更により年俸制を導入し、従業員に不利益が生じる場合は、労働契約法第9条・第10条による不利益変更の問題にもなります。
関連:就業規則と雇用契約書の内容が違う場合、どちらが優先されるか?
実務上の注意点
16分割の毎月の支給額で割増賃金を計算している
賞与分を含めて年俸額が確定しているのに、毎月の支給額を基礎に割増賃金を計算している会社があります。年俸の12分の1を基礎にしなければ、割増賃金が不足します。
「年俸には残業代を含む」とだけ書いている
雇用契約書や年俸の通知書に、割増賃金に当たる部分の金額や時間数が書かれていないことがあります。判別できなければ、割増賃金を支払ったことにはならず、年俸の全額を基礎にした割増賃金の請求を受けるおそれがあります。
評価を理由に年俸を一方的に下げている
就業規則などに評価基準や決定手続を定めないまま、会社の判断だけで年俸を下げている会社があります。合意がない限り、減額が認められない可能性があります。
まとめ
年俸制は、労働基準法上の特別な制度ではありません。年俸制にしても、割増賃金、毎月払い、労働時間の把握といったルールはそのまま適用されます。
- 年俸制でも、時間外・休日・深夜の割増賃金は必要
- 賞与分を含めて年俸額が確定していれば、割増賃金の基礎は年俸の12分の1
- 固定残業代を含めるなら、割増賃金に当たる部分を判別できるようにし、超えた分は差額を支払う
- 年俸制だから管理監督者になるわけではない
- 年俸の減額は合意が原則で、一方的に決めるには就業規則などでの制度化が必要
年俸制の問題は、従業員が退職した後の残業代の請求で表面化することが多いのが実情です。そのときに問われるのは、年俸の内訳がどう定められ、どう計算されてきたかです。労働基準監督署の調査でも、割増賃金の基礎となる賃金の計算は確認されるところです。
当事務所の場合
年俸制は、賃金規程、雇用契約書、年俸の通知書、給与計算の設定がそろって、はじめて正しく運用できる制度です。どれか1つが古いままだと、割増賃金の不足や、年俸の改定をめぐるトラブルにつながります。
あべ社労士事務所の代表社労士は、厚生労働省労働基準局で労働基準法令・労働安全衛生法令の政策立案に従事してきました。当事務所の就業規則コンサルティングでは、年俸制の定め方が割増賃金の計算や実際の運用と一致しているかを含めて確認します。
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